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しばらくはベータ版ということで、思い出したら情報追加するです。(Last Update:2008年10月28日)
- 1990年(平成2年)
- 7月の善き日に、スズーキタカユキ(Vo)、こまちゃん(G)、ラフィンくん(B)、大ちゃん(Dr)の4人でUNSCANDAL結成!初ライブは、今は無き代々木チョコレートシティ(通称・代チョコ)で鮮烈デビュー戦を飾る。
- 10月21日、音楽雑誌PATIPATIロックンロール主催「スーパーバッドをぶっ飛ばせ」という勝ち抜きライブに、東京在住なのになぜか仙台大会に出場。見事『パチロク賞』を受賞!賞品は当時も今も使いようのない8cmCDシングル専用CDプレイヤーをもらう。
- 1991年(平成3年)
- ラフィンくん脱退。
(ここから始まるメンバー大異動、のべ人数は20人ともいわれる)
脱退理由は、毎晩メンバーがラフィンくんの自宅アパートに押しかけ、部屋にてドンチャン騒ぎを繰り返し、たまらず怒鳴り込みに来た階下の大家に対し、大ちゃんが「ん~そうね~、お前がうるさい」と舌足らずで対応したため、ラフィンくんはアパートを追い出される羽目になり、途方に暮れたラフィンくんにスズーキが「ん~そうね~、人生いろいろ」と大ちゃんの物真似でなぐさめたためといわれている。
- 神堂冬樹こと、つるくんがBass加入。
加入前からすでに“神堂冬樹”なるモト冬樹ばりの芸名を持つ彼は、音楽以外のバンド経歴に様々な足跡を残していく…。
- 特に必要ではなかったが、ドサクサまぎれにバイキン君がSAXで加入。
- 7月、こまちゃん脱退につき、つるくんがギターに転向。
そのため不在となったベーシストの座をかけた一般公募により、小川ミッチー(ヘビメタ)と佐藤ガジロー(学生)が名乗りを挙げる。
かち合ったベーシストの座をめぐって熾烈なバトルが繰り広げられるかと思いきや、ガジローの「僕トロンボーンでいいです」と募集もかけてないパートへの転向宣言!あっけにとられるメンバーを尻目にUNSCANDALに新しいパートを押し付ける。そのうえ自宅より持参したトランペットを差し出し、スズーキに「吹いてみれば?」とトランペットパートまで押し付ける始末。
この事件に関して、のちに佐藤ガジローは「当時、埼玉では有名な大宮フリークスに出てたUNSCANDALにどうしても入りたかった」と振り返っている。
- 年の暮れ頃、ガジローの学友であった渡鮫肌夫(通称・鮫肌)がSAXにて加入。
- 1992年(平成4年)
- ベーシストとかSAXとか、なんかいろいろいっぱいメンバー交代。スズーキいわく「マジでたくさん変わったからわかんない」
- ドラムス大ちゃんからカチカチオに交代。
- この頃から代々木チョコレートシティにて自主企画ライブ『リズムグラマラス』がスタート!SUPER JUNKY MONKEYやスキップカウズなど多彩なメンツが出演。のちにNUS MACHINEとの共同企画へと発展する。
- 1993年(平成5年)
- SAX・橋本本橋に交代。
- 年の暮れ頃、SUPER JUNKY MONKEYのベーシスト・かわいしのぶの仲人により、ギタリスト市川歌麿が加入。加入当時ロン毛であったため「大魔神」との称号を授かる。
- 1994年(平成6年)
- 7月1日付けで、NUS MACHINEのベーシスト・JACKの仲人により、8代目ベーシスト・袴塚ジョンソン2世(のちのハカマカンペー)が加入。加入即日からいきなり3DAYSライブをこなす。ちなみに同年5月のリズムグラマラスに前所属バンド「カメラ」として出演していた。
- 1995年(平成7年)
- 9月、西麻布YELLOWでの“JUST A BEAT SHOW”にてレピッシュのボーカリスト・MAGUMIさんと初共演。MAGUMI with UNSCANDALの初ライブでもあった。
- 12月31日六本木ベルベットにてレピッシュ、KEMURI等と共にカウントダウンライブに出演。
- 1996年(平成8年)
- 11月にUNSCANDAL初のCD音源となるコンピレーションCD「LIVE BAND REMIX EAST WEST」(SONG BIRD LEBELより発売)に参加、「SUPER HIT」「 羊たちの深刻」の2曲収録。これにともない初のライブツアーを行う。同アルバムに参加した快速バビロントレインの当時メンバーだったkozzzとの運命の出会いを果たす。
- 1997年(平成9年)
- この頃から渋谷O-Nestにて開催されていたライブイベント『MAGUMI Produce!“円山町ミクスチャーナイト”』にレギュラー出演。
- 渋谷FMのラジオ番組『JAM and JAM』と『Rock On The Road』をレギュラー担当。
- 新宿ロフトでのライブ後打ち上げ中、休眠中のスズーキの鼻に辛子が塗られ、史上最悪のスズーキ超激怒大暴れ事件勃発!のちに犯人は快速バビロントレインのメンバー(kozzzではない)であったことが発覚したが、あまりの暴れ様に恐ろしくて挙手できなかったと語っている。
- SAX・橋本本橋、脱退。これにともない当時スタッフであったションに無理やりSAXを購入させ(ローン15回払い)メンバーに仕立て上げる。
- 1998年(平成10年)
- 扶養家族としてフルハム三浦、扶養加入。パートは…なんかガチャガチャバタバタたまに奇声かな?であった。(要介護)
のちに“Have a Good Time”の演奏中に客席におやつを撒くパフォーマンスを勝手に始める。(おやつは基本日替わりだったが、キットカットが多かった)
- 夏、ドラマー・カチカチオ脱退。
フルハム三浦の仲介によりジャッキー天野・ドラム就任。あまのじゃくな性格からスズーキによって命名された「ジャッキー天野」という芸名を、誰よりも本人がいたくお気に召す。
また、同じ板橋区出身で同い年、同じバンドマンで星座血液型まで同じのスズーキとは、この時まで一切面識がなかった。ジャッキーいわく「同じ板橋でもタカはパンク派、俺はヘビメタ派だったから派閥が違ってたんだよ」だそうな。
- ション寿脱退。しばらくSAX抜きで活動。
- この頃に鳥井"FUNK"Jr.と対バン関係で出会う。
第一印象はメンバー全員一致で「あぁ、あのヤサ男ね」であった。そのいでたちはロングコートに厚底ブーツという和製プリンスさながらであった。
- 秋のメンバー募集にて偶然にも上記ヤサ男こと鳥井"FUNK"Jr.がSAX加入。
▲PATIPATIロックンロール1991年2月号(表紙:COBRA)にちっちゃ~く掲載。
▲てんぷら大学在学中、UNSCANDAL加入前の佐藤青年。

▲左から市川歌麿、ハカマカンペー、スズーキタカユキ。(1995年9月)
LIVE BAND REMIX EAST WEST(1996)
参加バンドは、UNSCANDAL・快速バビロントレイン・SUIREN・SECOND BRIDGE・NORa・THE BALLAD
» 1999年~2003年へつづく
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